小林正明



小林正明(こばやしまさあき 1947年1月3日生)
 [実業家]


 25歳のとき自動車の装飾品・部品を扱う小売会社「ゲインズ」を設立して業績を挙げ、ゲインズは一時F1レースのスポンサーにも名を連ねた。1988年12月に日本中央競馬会(JRA)の馬主資格を取得し、翌年にはアイネスフウジンが朝日杯3歳ステークスを制してGI競走に初優勝。翌1990年には、中央競馬史上最多の入場人員を記録した東京優駿(日本ダービー)に優勝し、資格取得から2年でダービーオーナーとなった。ほか1994年の府中3歳ステークスを制したアイネスサウザーなども所有した。

 その後、本業でも関東から東海地方に続々と店を出していったが、業界は日本ダービー優勝の頃をピークとして以後景況が悪化していった。小林も1996年頃に銀行からの新規融資を断られ、1998年2月25日、東京都国立市内のラブホテル客室において自動車関連企業の社長2名と共に心中自殺した。他の2名とは20年来の取引相手かつ友人であり、互いに手形を融通しあって資金を調達していたが、資金繰りに行き詰まったとされる。

 3人はホテル3階の並んだ別々の部屋で、それぞれ布製の紐をエアコンの噴き出し口などにかけて、同時に首を吊って自殺したとみられている。自殺した25日は決済日であった。小林には4億円の死亡保険が掛けられており、家族に対する遺書のほかに、会社の机上に「保険金を資金繰りの足しにしてください」という遺書が残されていた。会社は37億円の負債を抱え、小林の死去から2日後に自己破産手続きに入った。

 なお、同年11月にホテル側が「大きく報道されたために客足が激減した」として小林らの遺族と会社を相手取って総額7900万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしている。

 1998年2月25日死去(享年51)





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